32 After World War II 姫路事件 Himeji Incident 4月 25, 2019 姫路事件 1952年2月28日 兵庫県姫路市において、民団広畑分団長ほか3名の民団員宅に旧朝連系約20名が覆面して押しかけ、器物を破壊して逃走した。また同時刻に姫路市内の交番4ヶ所に5~30名の朝鮮人が押しかけて、警察官を軟禁し、多数の威力を示して脅迫した事件である。捜査の結果21名を検挙し、竹槍等の凶器を押収した。 続きを読む
22 After World War II 四日市事件(よっかいちじけん)Yokkaichi Incident 4月 23, 2019 四日市事件 (よっかいちじけん) 四日市事件 (よっかいちじけん)は、 三重県 四日市市 で戦後発生した 在日朝鮮人 による 暴動 。 概要 1951年 (昭和26年) 1月23日 、旧 朝連 四日市支部を接収しようとしたところ、居合わせた 朝鮮人 約20名が、 器物 や ガラス の破片を投げつけたり、 灰 ・ 唐辛子 による目潰し攻撃をしたり、濃 硫酸 を浴びせて接収の妨害を行った 事件 。 そのため、執行係官7名が全治2 - 3週間の重軽傷を負った。 警察 が出動して、 公務執行妨害 容疑で15名を 検挙 した。 続きを読む
20 After World War II 連島町事件(つらじまちょうじけん)Turajima Town Case 4月 23, 2019 連島町事件 (つらじまちょうじけん) 連島町事件 (つらじまちょうじけん)とは、 1950年 8月15日 に日本で発生した事件である。 1949年9月8日、GHQの指示を受けた法務府は告示第51号を出し、在日本朝聯と在日本朝鮮民主青年同盟(民青)に対し 団体等規正令 を適用して解散命令を下す。 また朝鮮学校と民団総連も解散請求を受けた。 これらの措置は在日朝鮮人の生活に直接の打撃を与えた。 将来に不安を抱いた朝鮮人同胞らの中には、革命を叫んで公共施設を不法占拠し火炎瓶で武装した事件が起きた。 こうした世情不安の中、 岡山県 浅口郡 連島町 (現在の岡山県 倉敷市 )で、朝鮮解放5周年を祝って約700名の 朝鮮人 が集まり集会を強行したため、これを制止しようとした警察と乱闘になり8名を検挙した。 この事件で警察官15名が負傷した。 続きを読む
19 After World War II 台東会館事件(たいとうかいかんじけん)Taitou Hall Incident 4月 23, 2019 台東会館事件 (たいとうかいかんじけん) 台東会館事件 (たいとうかいかんじけん)とは、 1950年 (昭和25年) 3月10日 ・ 3月20日 に、 東京都 台東区 で発生した公安事件。 事件の発端 在日本朝鮮人連盟 は、結成以来 日本共産党 の尖兵として日本各地で 暴動 を起こし続けてきた が、 1949年 9月8日 、 団体等規正令 の「 暴力主義的団体 」として解散を命じられ、その 資産 は没収されることになった。 東京都 では、朝連台東支部があった「 台東会館 」を接収することになったが、旧朝連関係者は「台東会館は朝連の 財産 ではない」と異議申し立てを行ったため、東京都が 法務府 に問い合わせたところ、法務府当局は「台東会館は朝連の財産である」と裁定を下した。 法務府の判断を受け、東京都は朝連に対し台東会館を明け渡すよう通告したが、一向にその気配がなかったため、 1950年 3月10日 に接収を行うことになった。 事件の概要 1950年3月10日午前9時、東京都の係官が台東会館に赴いた。 警視庁 では不測の事態に備えて多数の 警察官 を警戒に当たらせた。 係官は会館を引き渡すよう命じたが、旧朝連はそれを無視したばかりか、投石を行い抵抗した。 そのため、この日の接収は一旦取りやめになり、3月20日に再度接収を行うことになった。 旧朝連側は接収予定日の前日から、会館入口に バリケード を設け、周辺 道路 を巡回して警戒していた。 3月20日午前7時、係官が台東会館に入ろうとしたが妨害を受けた。そして、警戒に当たっていた警察官に向かって、石や唐辛子粉を投げつけて抵抗した。 そのため 警察 は強行突入を断行し、朝鮮人119人を 検挙 した。 続きを読む
17 After World War II 本郷事件(ほんごうじけん)Hongou Incident 4月 23, 2019 本郷事件 (ほんごうじけん) 本郷事件 (ほんごうじけん)とは、 1949年 (昭和24年) 6月2日 に、 福井県 大飯郡 本郷村 (現・ おおい町 )で発生した朝鮮人による暴行事件。 1949年6月2日、 国家地方警察 福井県本部若狭地区警察署の本郷派出所の警察官が朝鮮人地区の地図を作成したことについて、 在日本朝鮮人連盟 の幹部が抗議した。 幹部は一旦戻り、 在日朝鮮人 70人を引き連れて、派出所を包囲した。 そして中の警察官に暴行を加え、そのまま居座り続けた。若狭地区警察署は署員を急派したが、なおも居座り、 6月4日 になってようやく解散した。 朝鮮人側は 暴行警察官の罷免 被害者に対する損害賠償 朝鮮人に対する謝罪 朝鮮人問題については、事前に朝連と連絡協議をすること などを要求したが、警察は 6月10日 に朝鮮人2人を逮捕するために現地に向かった。 待ち構えていた朝鮮人200人が、石や糞尿を投げつけて逮捕を妨害したが、なんとか強行突破し、2人を予定通り逮捕した。 その後朝鮮人たちは、「民族弾圧、ファッショ警察の再現」と叫んで警察署前に居座ったり、「ファッシズム国警若狭地区警察の真相」と題するビラをばら撒くなど示威行動を続けた。 続きを読む